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広島地方裁判所 昭和30年(行)11号 判決 1958年5月29日

原告 矢次喜一

被告 広島国税局長

主文

被告が原告に対し、昭和三十年二月一日附でなした昭和二十五年分所得金額を金五十三万五千五百円とする旨の審査決定はこれを取消す。

訴訟費用は被告の負担とする。

事実

原告訴訟代理人は、主文同旨の判決を求め、その請求原因として、

「(一) 原告は建具等の製造・販売を業とするものであり、昭和二十五年分について青色申告書提出を政府によつて承認せられているものであるが、山口税務署に対し、同年分所得金額を金二十万六千三百四十二円として確定申告し、これに対応する所得税額のうち金二万八千三百円を納付期限までに納付したところ、同税務署は昭和二十六年十月一日右年分所得金額が金八十万円である旨の更正処分をなし、その旨原告に通知した。そこで原告は同月二十五日被告に対し審査請求をしたところ、被告は原告に対し昭和三十年二月一日附で原告の昭和二十五年分所得金額を金五十三万五千五百円とする旨の審査決定をなし、右決定は同月三日原告に通知された。

(二) しかしながら右審査決定は次の理由により違法である。

(イ)  所得税法第四十九条第六項(昭和二十五年法律第七十一号)によれば審査決定通知書には理由を附記すべき旨定めてあつて右は有効要件であるのにかかわらず本件審査決定には理由が附記せられていない。もつとも本件審査決定通知書には「資産負債の増減の状況等からみてあなたの申立は一部理由があるので次の通り更正額を一部取消します」との記載があるが、所得金額を変更する場合には常に資産負債の増減があるのであつて、右の記載を以て審査決定に附記すべき理由とはなしえない。更正額を一部取消すに至つた理由を具体的に記載しなければ違法である。

(ロ)  原告の右年分所得金額は、前記の如く金二十万六千三百四十二円に止まるのにかかわらず被告はこれを誤つて金五十三万五千五百円と決定した。

よつて本件審査決定の取消を求めるため本訴請求に及んだ。」

と述べ、

被告の主張に対し、「原告の右年分所得金額が審査決定金額であることを算定する根拠として被告が主張する原告の収支計算(別紙第一表(イ)欄)各項目のうち、売上収入金と公租公課を除きその余はすべて真実に符合した金額であることを認める。又、被告が後に調査の結果、原告の右年分所得金額は金五十四万五千百十八円七十二銭であつたとし、これを算定する根拠として主張する原告の収支計算(第一表(ロ)欄)各項目のうち売上収入金と厚生費を除き、その余はすべて真実に符合した金額であることを認める。原告は、右売上収入金が金二百七万六千八百六十五円九十一銭であると主張するものである。原告の売上収入金は第一表(イ)欄の通りであり、原告の主張には売上脱漏金二十四万三千百二十七円が存在すると主張する根拠として、被告が示した現金収支総括(第二表(イ)欄)各項目につき、右金額が真実に符合するか否かについては第二表(ロ)欄の如く認否し、且つ原告は同表(ハ)欄の如く各金額を主張する。被告は同表(イ)欄生計費の算定に当つて、生計費の都市別一ケ月平均支出額を以て具体的数字におきかえているが、右は青色申告制度を破壊するものというべく、又右の如く仮定的金額を利用して計算している以上、たとえ支出金が収入金を超過する結果となつても、これを以て売上脱漏金であるとはいい得ない。なお原告の家族人員は延九十六人に過ぎず、延百二十人であつたとの被告主張は否認する。原告の売上収入金が第一表(ロ)欄の通りであり、原告の主張には売上脱漏金三十一万九千二百九十二円が存在すると主張する根拠として、被告が指摘した原告家族名義の預金(第三表)が存することはすべてこれを認める。但し右は売上脱漏金が存在する根拠とならない。右預金のうち、原告名義の昭和二十五年一月四日預入れの金十二万円は、年末支払の予備金として訴外吉本友蔵より一時借受け、暫時これを預金したものであり、その余は従前の収入金の一部を他に立替え、或は貸付けその後回収して預金したものに過ぎないから、すべて昭和二十五年分の売上収入金とは無関係のものである。被告が主張する右各売上脱漏金は、いずれの場合においても原告の帳簿書類によらない推定に基く計算である。原告は前記の如く右年分においては青色申告書提出の承認をうけているものであり、しかも右審査決定に際しこれが取消をうけた関係にもないものであるところ、所得税法第四十六条の二第一項によれば、青色申告書提出の承認をうけている者に対しては、これが取消をなすことなく、その帳簿書類によらないで推定に基く所得金額の更正又は決定をなすことはできないのであるから(但し同条第一項但書の場合を除く。)、前記の如き所得の計算は許されないというべきである。被告は、青色申告制度の育成指導という行政上の必要から、青色申告書提出の承認を取消すことなく、推定に基く所得金額の更正又は決定が許される場合があると主張するが、行政上の必要から、所得税法の便宜的な解釈は許されず、作為によらないで帳簿記帳が真実に符合しない場合等は、納税者より修正申告書の提出を求めてこれを処理すべきものである。山口地区における原告同業者の売上収入金に対する標準所得率が三〇%であることは否認する。又前記の如く推定による所得の計算が許されない以上売上収入金に標準所得率を乗じる計算は無意味である。」と述べた。

立証<省略>

被告指定代理人は、「原告の請求を棄却する」との判決を求め、答弁として、

「(一) 原告主張(一)の事実のうち、原告の昭和二十五年分所得金額が金二十万六千三百四十二円に止まるとの点を否認し、その余はすべてこれを認める。

(二) 本件審査決定には原告主張のよう違法の点はない。

(イ)  所得税法第四十九条第六項は審査決定通知書に決定の具体的理由を個別に列挙することを要求しているものではなく、具体的理由を総括して示せば足る趣旨であつて、本件審査決定はかような要件を備えているので違法の点はない。

(ロ)  原告の右年分所得金額は少なくとも審査決定金額である金五十三万五千五百円を下らないので、右審査決定は適法であり、これを取消すべきいわれはない。右審査決定をなすに当り、前記金額を決定した収支計算の根拠は別紙第一表(イ)欄に示す通りである。右各項目のうち売上収入金は、原告の記帳額金二百七万六千八百六十五円に対し、被告が売上脱漏金と推定した金二十四万三千百二十七円を加算したものであり、右売上脱漏金は別紙第二表(イ)欄の如く原告における右年分の収入金と支出金を差引しその支出超過分によつたものである。なお第二表(イ)欄各項目のうち、生計費金額は、総理府統計局編さん消費者価格調査年報第六表「都市別一世帯当り一ケ月間平均支出額」の一人当り金額に対し、原告家族人員延百二十人を乗じて得たものである。そしてその後更に被告において原告の帳簿書類並びに外部資料により右年分所得金額を算定したところ、第一表(ロ)欄の如き収支計算の結果が判明し、その所得金額は被告が審査決定した金額を超過する金五十四万五千百十八円七十二銭となつた。右各項目のうち、売上収入金は原告の記帳額金二百七万六千八百六十五円九十一銭に対し、被告が売上脱漏金と推定した金三十一万九千二百九十二円を加算したものであり、右売上脱漏金は別紙第三表の如く、右年度において原告が家族名義を以て預金、預入れをしていることが判明したので、その合計額によつたものである。以上のとおり被告は適法な資料に基き原告の所得を算定したものであある。

なお第一表(イ)及び(ロ)欄の各収入合計金二百三十三万二千五百十五円及び金二百四十万八千六百八十円九十一銭に対し、山口地区同業者の収入金に対する所得標準率である三〇%を乗じると、原告の所得金額は金六十九万九千七百五十四円又は金七十二万二千六百四円二十七銭となり、又右(ロ)欄収入合計金に対し、広島国税局管内同業者の収入金に対する所得標準率である二五%を乗じると原告の所得金額は金六十万二千百七十円二十二銭となつて、いずれも前記審査決定金額を超過するのであるからこの点からいつても右審査決定金額が多額に過ぎるいわれはない。

原告は右年分につき青色申告書の提出を政府によつて承認せられているものであるが、その帳簿書類が次の如く正確性を欠くため、推定に基き所得金額の算定をなしたものである。即ち(a)原告が作成した昭和二十四年度期末貸借対照表の各勘定科目の金額と、昭和二十五年度期首貸借対照表の各勘定科目の金額は、殆んどの科目において一致していない。(b)原告備付の帳簿書類の昭和二十五年分仕入・売上の各記載は、原告の取引先調査によつて得た結果と一致しない。(c)原告備付の帳簿書類昭和二十五年分記載中には、同一取引事実の重複記載、計算誤謬があり、原告の主張する売上収入金(第一表(ハ)欄)とその備付総勘定元帳の売上勘定合計金とは一致しない。(d)原告の昭和二十五年分確定申告書に記載された所得金額と、審査請求書に記載された所得金額とは一致しない。(e)原告備付の現金出納帳には、取引事実が日々継続的に記録されておらずず、現金残高の記入は殆んどなされていない。もつとも所得税法第四十六条の二第一項によると、青色申告書の提出を承認されている者に対しては、推定に基く所得金額の更正又は決定は全く許されないかの如くであるけれども、右はその備付帳簿書類の正確性の推定から一応これが調査をなすことを税務官庁に義務づけたものであり、かような調査をなすことなく、直ちにその帳簿書類以外の外部資料により推定に基く所得金額の更正又は決定をなすことを禁止しているに過ぎないのであつて、取引先その他の調査によりその帳簿書類に本件の如き脱漏その他不正確な記載があることを発見した時は、両者を綜合し、推定に基く所得金額の更正又は決定をなすことは許されているのである。なおかかる場合、敢て右青色申告書の提出の承認を取消した上で推定に基く所得金額の更正又は決定をしなければならなぬ理由はない。その帳簿書類の記載が事実に符合しない場合にも、これを作為的になした場合と帳簿記帳の智識の不十分な結果による場合とがあり、すべての場合一律に青色申告書の提出の承認を取消すことは、青色申告制度の育成指導の行政的目的達成を却つて阻害する結果となる。前者の場合には、もとより青色申告書の提出を取消し得るが、後者の場合には、青色申告書の提出の承認を取消すことなく、青色申告制度上の特典を認めつつ、推定に基く所得金額の更正又は決定をなすことが許され、本件はかくの如き場合に相当する。」

と述べた。(立証省略)

理由

先ず本件審査決定に理由を附記しない違法があるとする原告の主張の当否について判断する。

(一)(イ)  所得税法第四十九条第六項(昭和二十五年法律第七一号以下同じ)は、国税庁長官又は国税局長は審査の請求があつた場合に同項一乃至三号に該当するときは当該各号に定める決定をしその理由を附記した書面によりこれを当該請求をした者に通知しなければならない、と規定している。右の如く審査決定に理由の附記を必要とする根本的な理由は、審査の結果審査請求者の不服申立事項についてそれが容れられたかどうか、それは如何なる理由に基くものであるかを具体的に明らかにすることによつて審査決定の公正を保障すると共に、審査請求者をして訴訟を提起してまで審査決定の是正を求めるべきかどうかについて考慮を尽くさせ、たとい訴提起を止むを得ないとする場合においても審査決定により事実上及び法律上の争点を明確にして攻撃防禦の方法を整えさせ、以て無用な争訟を避け又は訴訟の円滑な進行を計らんとするにあるというべきである。

(ロ)  前記所得税法施行規則第四十八条は、審査請求をする者は不服の事由等を記載した審査請求書に証拠書類を添附して国税庁長官若しくは国税局長に提出しなければならない旨規定し、同法第四十八条、第四十九条は、審査請求の方式又は手続に欠陥があるときは相当の期間を定めてその欠陥の補正を命じ、これに応じない場合には当該請求を却下すべき旨規定しているのであるが、審査請求において不服の事由を記載してその証拠を添附することが審査請求の適法要件である以上、これに対応して審査機関が不服申立事項を排斥するためには具体的な理由づけをしなければならないことは信義則に照らして当然のことであつて、理由を附記すべき旨の前記法条を以て単なる訓示規定と解すべきではない。

(ハ)  審査決定に理由の附記を必要とする前記規定はいわゆる白色申告の場合と青色申告の場合とを区別しないのであるが、更正処分については、白色申告の場合に理由の附記を要する旨の規定は存しないのに反し、青色申告の場合は、前記所得税法第四十六条の二第一項により、青色申告の更正は当該申告者の帳簿書類を調査し、その調査により所得の計算に誤があると認められた場合に限りこれをなすことができる。旨定め、同条第二項により更正処分の通知書に更正の理由を附記しなければならない、旨定めてある。右は租税行政事務の激増を緩和しようとする妥協策から青色申告についてのみ租税特恵の一として前記のとおり更正権の行使を制限し、更正処分の濫発を防止し、以て青色申告制度の適正な運用を期待しその普及発達を計つたものである。従つて、青色申告の更正処分通知書に青色申告を是認しないで更正した理由を具体的に附記することは更正処分の有効要件であるというべく、その更正処分に対する審査請求に対する決定の通知書に同様の理由を附記することは審査決定の有効要件であることは明白である。

前述のとおり審査決定通知書に理由を附記する目的及び審査請求の方式又は手続に関する規定に徴すると、白色申告の場合と青色申告の場合とを問わず理由の附記が審査決定の有効要件であることは明らかであつて、本件のように青色申告の場合更正所得金額認定の可否にとどまらず、青色申告を是認しないで更正をしたことの可否についても理由に附記することを要するものといわなければならない。

(二)  これを本件についてみるのに、本件審査請求の目的となる処分が、政府から青色申告書の提出を承認されている原告のその提出を認められている昭和二十五年度所得税確定申告に対する山口税務署長の更正処分であるところ、被告は本件審査決定において右署長の認定した更正所得額八十万円のうち一部を取消し所得額を五十三万五千五百円と認定したことは当事者間に争いがなく、本件審査決定通知書に決定の理由として「資産負債の増減の状況からみてあなたの申立は一部理由があるので更正額を一部取消します」との記載があるのみで他に審査決定の理由と認むべき記載のないことは被告の明かに争わないところであるから自白したものとみなす。

右記載のように唯単に資産負債の増減の状況等からみて一部理由があるということは、所得額を変更する場合には常に言い得ることであつて何等具体的内容を有しないから、それだけでは唯一部理由があるから取消すという結論を表したと言えるに過ぎない。税務署長のした青色申告に関する更正処分に対する審査請求について請求の一部を理由ありと認め更正処分を変更する場合は、少なくとも如何なる資産負債に如何なる増減があり、所得又は支出の如何なる項目に如何なる誤認があつて如何に変更したかを具体的に記載し且つ青色申告を是認しない理由を記載しなければ適法な理由とはならない。被告は具体的理由を個々に列挙することは要求されていないから具体的理由を総括して示せば充分であつて、本件記載は右要件を備えている旨主張するけれども、右記載をもつて総括的な具体的理由とはいい難く、右記載だけでは適法な理由を具備するものとはとうてい認められない。

(三)  審査決定通知書の理由が不備であつても後日書面を以て右理由を追完若しくは訂正した場合には理由不備の瑕疵は治癒せられるものと解するを相当とするところ、成立に争のない甲第八、九号証によれば、本件審査決定の通知後原告から被告に対する照会に対し被告は昭和三十年二月二十二日付書面で「原告備付帳簿書類には不符号の個所があり正確な収支計算不能と認め主として資産負債の状況を調査し更に事業の規模、設備の状況等を勘案し適当と認められる所得金額を算出した」旨原告に回答したことが認められる。右によれば被告は本件審査決定の理由の追完として原告の青色申告を是認しない理由を一応説明しているけれども、如何なる資産負債に如何なる増減があり、所得又は支出の如何なる項目に如何なる誤認があつて如何に変更したかについては何等具体的な説明をしていないので、右書面を以ては本件審査決定の理由不備の瑕疵を治癒したものとは認められない。

(四)  以上の認定によつて明らかなとおり、本件審査決定はその決定通知書に法定の理由の附記を欠く違法があるので取消を免れないというべきである。よつて、その他の争点について判断をするまでもなく原告の本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八十九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 宮田信夫 五十部一夫 土井博子)

(別紙省略)

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